The GOD History
by
F.K.リョウジヲ


1978年冬、その年の夏、ロスアンジェルスのアナハイムスタジアムでローリングストーンズを体験したフジオカ・リョウジヲはミックジャガーの赤の皮ジャンにガーゼシャツ姿に痛く感銘を受けパンクしかないと確信した。帰国後、東京から名古屋に返りメンバー募集のビラをヤマハビルで見た彼はすぐにスタークラブに参加することとなる。暮れE.L.L.デビュー。1979年新宿ロフトでのニューウェィブイベント[ドライブ トゥ 80']に参加。1980年夏E.L.L.レーベル第二弾アーティストとしてのデビューアルバムのレコーディング中にバンド分裂。スタークラブのドラマー大口と[原爆オナニーズ]結成。他にE.L.L.レーベル第1弾アーティスト[ピィ ビィ レヌ]に居たベーシィストのヒコとスタークラブで大口の前にドラムをたたいていたブッカ(Vo&Gu)が参加。後スタークラブのベーシストだったエディ玉井がヒコに変わりボーカリストとしてスタークラブのロードマネィジャーだったタイロウが参加。E.L.Lレーベル第3弾ライブオムニバスアルバムに数曲参加。
1983年春、タムの後釜ギタリストとして[スターリン]参加。参加条件として[オキシドール]から引き抜いたばかりの天才美少年ドラマー中村達也を前任ドラマーをクビにして参加させることをミチローに承認させ上京、高円寺で達也と奇妙な同棲生活に入る。
同年夏スターリン突然の解散。オキシドールのボーカリストだったノンが上京し[ザ ゴッド]結成。新宿[イベントハウス ヘッドバゥアー]で鮮烈デビュー!
1984年春[チャイニーズクリップレーベル]より4曲入りカセット「ちょっと足りないチンピラ」700枚完売 冬8曲入りミニアルバム「ゲット ダウン バリス"アイ ウォント フラップル アンド トレイン"」1500枚完売。その後達也は名古屋に帰り、こともあろうにリョウジヲが昔作ったバンド、原爆オナニーズに参加。後にスタークラブに参加。
1985年春[宝島キャプテンレーベル]発足第2弾アーティストとしてザ.ゴッド.ファースト.アルバム「スピーカー トゥ アニマル"リタイアド ヒューマノイド"」ダブルジャケット盤ソノシート付き2000枚完売。後シングルジャケット盤再発2000枚。後CD化。そして1998年9月テイチクレコードからデジタルマスタリングされ4度目の再発。15年目にして遂にメジャーデビューとなる。
1986年暮れ[宝島キャプテンレーベル]アルバム「アイ アム ノット ソルジャー」発売。2000枚完売 後2000枚再発後CD化。レコーディング終了後達也がゴッドに復帰。
1988年正月[宝島キャプテンレーベル]アルバム「MAJIME」発売。2000枚完売後CD化。1998年9月テイチクレコードから3度目の再発。デジタルマスタリングによりリョウジオやタツヤが当時スタジオで聴いていた音が完璧に再現された。
1988年秋[バルコニーレコード&ティンドラムレーベル]アルバム「DODEMOIIZE」発売。発売枚数不明。
1989年6月リョウジヲに長男誕生。秋にそれを記念して下北沢のインディーズ専門レコード屋の老舗「フジヤマ」の店主渡部さんの御尽力により 地上最後のドーナツ盤「ジェット"イズ UFO ドライバーc/w MORE DODEMOIIZE"ODギャル"」発売。発売枚数不明。
1990年夏[ナツメグ レーベル]よりCDアルバム「Love is GOD」発売。発売枚数不明。
このアルバムのレコーディング中に達也が参加していた「ブランキージェットシティ」が[イカ天]で5週勝ち抜きしてしまったためレコーディング終了後リョウジヲのマンションのポストに"一時休ませていただきます"という手紙を達也自身が投函。ソノ義理堅さにリョウジヲ感動し何も文句謂えず。
1991年。メンバー全員と家族、名古屋に民族大移動。
初夏にフレッシュ秀才ドラマー[スマイリィ ノブリン]参加。彼は岐阜の山奥の分校の校長の次男ながら、その分校在学中にザ ゴッドのレコードを都会で発掘しては親類中に洗脳していた超変態軍隊アーティスト。
1992年秋。代々木のユースホステルなどを転々としながらCDアルバム「タロット ロックス」[ナツメグレコード]を代々木のライブハウス[チョコレートシティー](ナツメグのセクハラ社長キングザビ所有)で2ヵ月に渡りレコーディング。
1993年5月15日.............5年以上に渡りベースを担当しメンバーとして参加以前からバンドのステッカー用ロゴを創ったりジャケットをデザインしたりアルバム「DODEMOIIZE」で2曲ミキシングを担当したりと何かとリョウジヲの右腕的存在だった早熟の天才アーチィスト[チャーリィ」師がオートバイ事故で2日間意識不明のあと死亡。彼の葬儀の日には国中のフリーク(伊藤耕、シュウ、ジャンキーレイカ、サルポンプサダ、など)が数百人集まりノブリンの刻むレゲエのリズムでチャーリーを送った。ソノ夜のジャムセッション中リョウジヲと当時妻だったミサリンにチャーリーはチャネリングしてきた。それをきっかけに夫婦は精神世界にのめり込む。
1997年タロット占い師としてデビュー、放蕩、離婚など重なり、ザ ゴッドほとんど休業状態が続く(とはいうもののこの時期ギタリストとして旧友のライブハウス[クラブ ロックンロール]ブティック[ゴールデンイヤーズ]社長である変態事業家文化人[斎藤リツ]氏の[ラブ]に参加したり、大阪のジャンキーロッカー[オサム]のユニット[ザ ワールド]のレコーディングのプロデュースをするなどある程度の音楽活動は行っていたらしいが)
後にリョウジヲ語るところ「アノ時期のオレの音楽には魂が入っていなかった.....今になってようやく気付いたんだけど.....もちろんその時はその時で一生懸命にやってはいたんだけど.......」
1998年9月、テイチクレコードより「スピーカートゥアニマル」&「MAJIME」が特別価格2000円にて再発売される。
1998年10月2日[クラブ ロックンロール]にて奇蹟のライブカムバック。参加メンバーはリョウジヲ(ボーカル&ギター)ノブリン(ドラムス&バックアップボーカル)シュウ(ギター)樋口シゲキ(ベース、バックアップボーカル&リードボーカル)
同年12月26日、リョウジオ(vo,Gu&Kb)ノブリン(Dr&BackVo.)のデュオという常識を覆すスタイルで再び[クラブ ロックンロール]に出演。新境地を切り開く。
1999年1月、音楽評論家
鳥井賀句氏より東京でのライブイベントへの出演依頼。
同年5月2日、10年振りに
西脇一弘(G,現SAKANA)中村達也(Dr,現ブランキィージェットシティ)を加えたオリジナルメンバーにて下北沢シェルターに出演。
この日は入場しきれないファンがライブハウスを取り巻き、オーストリアのTV局が取材に来るなどThe GODの歴史史上、
最高のライブとなる。
またこの日のみ会場で限定50枚のみ販売されたNewCD
「1999 Underground Takes」も瞬く間に完売。幻のCDとなる。
1999年夏頃、ライブビデオ発売予定!

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